どうしようもないし、余地もない
どうしようもない人間というのにも様々なタイプがある。
自分自身がどうしようもない人間だと自認しているタイプは実際はそうでもないことが多いし、逆に自覚のない人間のほうがよほど問題があることの方が多い。
浄が果たしてどのタイプにあたるのかというのは今の議題ではないのでさておき、目の前で手首を困ったように振る男は果たしてどのタイプなのだろうか。
「宋雲には言わないでほしいなぁ」
ぽつりと独り言じみたそれはあからさまに「お願い」の体を成していた。
とはいえ、浄にそれを聞き届けてやる義理はないし、そもそも浄が言わなかったとしても宋雲はおそらく気が付くだろう。目に見えるような外傷ではなく、おそらく手首の捻挫なので一見だけではわからないだろうが、隠し通すことは難しい。ライダースーツである程度守られているため、多少なりとも人体を超えた強度はあるが、それでもあの曲がり方は様々なところに支障が出るだろうというレベルだった。
「別に俺はどっちでもいいけど、後で黙ってたことをばれた時の方がよほど怖いと思うけどね」
「それはうまくやるってば」
颯は確かに器用だ。たいていのことはうまくやる。けれどこと今回のような事態においては何せ分が悪いのは目に見えていた。
「それに黙ってたことがばれたら俺まで怒られてしまう。進んで不興を買うような真似はあまりしたくないな」
子供のような言い分だったが、実際面倒なことになるのは間違いない。
我らがリーダーは非情に徹しているようなそぶりをとりたがるくせにその実ずいぶんと情に厚い。元来面倒見のいい男なのだ。
だが、その情の厚さが颯相手ではことごとく裏目に出ている。
事情は浄もよく理解しているし、その心境も想像に難くはない。助けられなかった、その上本人の安全のためとはいえアカデミーへ籍を置くような事態を招いた後悔と自責。そのことを颯本人には黙っている罪悪感。それらがすべて積み重なった結果、面倒見がいいを超えてもはや過保護ではないかという域に達している。
それだけならばまだいいのだが、問題はその過保護の対象となっている当人の方だった。
「いい加減、勇気と無謀は違うってことを覚えていいころじゃないか?」
「なにその映画とかで出てきそうな言い回し」
「おっと、ばれたか。この前レディと見に行った映画であってね」
「何それ。言いたかっただけってこと?」
状況に似つかわしくない冗談めかした口調だった。颯としてはここで冗談にでもしてうやむやにしてしまいたいのだろう。
煙にまくのはこちらの専売特許だ。
「いや、実際に思ってることさ。さっきだってあのタイミングで無理矢理追おうとする必要はなかった」
「でもあそこで倒し切らないとまた同じことになるじゃん」
「勝算があったわけじゃないんだろう?」
「……ないわけじゃなかった」
「一ついいことを教えてやろうか。勝算はある以外は全部意味がない」
浄のいう意味がわからないほど颯は愚鈍ではないし、そもそもこれを最初から理解してないわけではない。勇気と無謀の差も勝算のない行動の意味のなさも「理解」はしている。
だが、理解していたところで行動に反映されなければ意味がないのだ。
「そりゃ戦闘で確実性をとれっていうのは僕だってそう思うけど、やってみなきゃわかんないこともあると思うんだよね」
「失敗する方が75%ぐらいでもかい?」
「うわ、嫌な刻み方するあたりが浄だよね」
「それは失敬。俺は宋雲ほどやさしくないからね」
一瞬わかりやすく颯の眉がきゅっと寄る。その反応の裏にある感情が多少なりとも罪悪感やそれに似たものでないとさすがに報われないだろう。
誰が、とは言わないが。
「……ほんとーに優しくない」
肩をすくめればじとりとにらまれる。
言われた通り優しくないので手首のことは宋雲には言うが、その宋雲にとって「ウィズダムシンクス」の颯以外の価値があるのだということは言うつもりはなかった。
そもそも後者は浄から言ったところで何も意味がないし、一番どうしようもないことだった。