疑似の家
 一人暮らしを始めた颯の家を訪れたのは初めてのはずであるのに宋雲は猛烈な既視感を覚えた。 「どうしたの?」  カフェラテを入れようとしていたのだろう颯が首を傾げる。手に持っているハイブランドのマグカップは確か颯をいたく気に入っているとある会社の社長夫人からの贈り物だったはずだ。まさか彼女もそれが宋雲のためのカフェラテをいれるために使われるとは思ってもみなかっただろう。 「颯」 「なに?なんか気になった?」 「インテリアに関して何か参考にしたのか?」  想像もしていなかったのか、宋雲の問いに颯はきょとんとした顔をする。どうしてそんなことを聞くのかという表情だった。 「したけど」 「何を?」 「え、宋雲の家」  想定内の答えが返ってきたときの納得感とどうしようもない閉塞感というのはどうしてこうもままならないのだろう。宋雲はため息を吐くしかななかった。  猛烈な既視感。当たり前だ。この部屋は普段自分が住んでいるマンションの一室とインテリアが同じなのだから。  おいている家具自体は異なる。そもそも宋雲の家にある家具は一点ものとまではいかずともオーダーメイドであったり、すでにメーカーの生産は終了しているものも多い。  だから完璧に同じというわけではないのだけれど家具の配置などに関してはほぼ一緒だ。参考にしたというレベルではない。 「どうしようかなぁって考えてたら一番しっくりきたのが宋雲の家の配置だったからさ。僕にとって家っていまだに宋雲のマンションなのかも」  へへっと照れ隠しをするように颯が笑う。  ウィズダムシンクスに仮面ライダーとして颯を引き入れたばかりのころ、颯は一時期宋雲の家に居候していた。住むための家がなかったというわけではない。当時不安定だった颯を一人にしておくのは危険だという先代のエージェントと宋雲自身の判断だった。  だから颯にとって「家」というのはいまだに宋雲の家のままなのだ。  もしかしたら宋雲が間に合っていたら、失われてなかったかもしれない颯の「家」の記憶。それを自分自身のものと挿げ替えている。  そのことに対して自分の胸をえぐるものが後悔なのか罪悪感なのか、それとも全く違う感情なのか。 「え、もしかして嫌だった?」  何も言わない宋雲を不安に思ったのか、颯がうかがうように眉を下げる。 「……そうじゃない。これが落ち着くというならお前の好きにしろ」 「なんだ、よかった!」  安心したのか颯が嬉しそうに笑い、手に持っていたマグカップを差し出した。  その温かさを受け取る資格が自分にあるのかどうか、宋雲にはもはやわかりはしなかった。