三回回ってにゃんと鳴け
 卯月新という人間はOS組なんてくくられた方をするように開けっ広げな男だ。  もちろん「アイドルにしては」という枕詞はつくので一般成人男性からしたらかわいいものだろう。いうほど直接的、いわゆる「えぐい」ような話はしない。  プライベートであってもそういうもので、やはりどうしたってアイドルという職業倫理がじっとこちらを見ている。それを窮屈だと思うのかどうか、までは聞いたことはなかった。  まぁ個人的な価値観はともかくとして、そういう人間なので「こういう」関係になってからも大体の嗜好は把握していた。なんならそれ以前から酒の肴の一つとしてなんとなく知っていた。  しかしそれを自分に向けられるとなるとまた話は異なってくるわけである。 「嫌に決まってんだろ」 「まぁそう言わずに」 「言うわ」  逆にこれで「はい、そうですか」になる方がどうかしている。しかし新は一蹴されるのが予想外だったのか、あからさまに「ええ……」と声を落とした。こいつの頭の中で果たして自分はどういうキャラクターになっているのか、いささか不安になる。 「陽くんならわかってくれると思ったんだけどな」 「何をだよ」  主語が死んでいる。付き合いの長さで動きが乏しい表情筋の働きの先にある感情を読み解くことはすっかりうまくなったが、さすがにヒントが少なすぎてわからない。理解したくないだけかもしれない。 「もちろんロマンってやつ」  新はずっと手に持っていた、彼の言うところの「ロマン」を掲げて見せた。  ロマン、その名は猫耳である。  いわゆる某バラエティショップや某ディスカウントストアにあるパーティーグッズにあるような古典的ともいえる猫耳型のカチューシャだ。ちなみに三毛猫らしく、茶色と黒の模様が雑に散っていた。  猫耳とロマン、一見そこにはなんの関係性も見いだせないが、その間に「恋人」という線を足せば話は別である。  猫耳プレイ。古典的かつ王道、一周回って新しいかもしれない。  しかしである。 「悪いな、新。俺は猫耳はそんな興味ねぇんだよ」 「なんと」 「本気でショック受けた顔すんな」 「全人類たいてい好きじゃない?猫耳プレイ」 「お前の中の人類の嗜好の内訳どうなってんだよ。そもそもどっから出てきたんだその猫耳」  買ったというのは何となく考えづらかった。案の定新は「もらったんだ」と返した。 「もらった?」 「多分プロセラも撮る?撮った?と思うけど今度のテレビ誌の企画、猫特集」 「テレビ……あぁ、あれな」  新のいう企画とはSixGravityとProcellarumの2グループ合同で持っているTV誌の連載のことだ。年末年始などではない限り、交互に掲載される仕様になっているのでお互いの撮影が被ることはないが、企画の内容は同じだ。新のいうようにこの前猫耳をつけて撮影した記憶があった。 「そこでもう使わないからって遊んでたらもらった」 「子供かよ」 「エコだって言おうよ、そこは。再利用、節約節約」  雑誌の撮影で使った猫耳が猫耳プレイに使うのをエコといってはエコマークもさめざめと涙を流すことだろう。  そもそも再利用も何も陽はまだうんとも何も言っていない。勝手にいかがわしいリサイクルの仕組みに取り込まないでほしい。 「大体、今更猫耳なんてつけても新鮮味ねぇだろ」  悲しいかな職業病というやつだ。  一般の20代男性よりもいささか、いやそこそこ、いやかなりコスプレめいた格好をすることは多い。猫耳はまだかわいいほうだし、すぐに準備もできることからつける機会は多かった。なんならライブのアンコールで罰ゲームとして登場したこともある。そのときは郁がつける羽目になっていた。  そんなわけなのでお互いコスプレ姿など見慣れている。いまさらという話である。  ……いや、すべてがというわけではないが、それでも猫耳といわれてもやはり陽としては既視感が強い。  だが、新としても特に引く気はないらしかった。 「なんでもやってみようよ。チャレンジは大事だよ」 「もっと違う場所で発揮しろ。つーか、つけたいなら自分でつけろ」 「えー?陽くんは俺の猫耳姿が見たい系?」  言うや否や新はためらいなく自分の頭につけた。元はと言えば撮影に使っていたものというのもあるかもしれないが、陽のこれまでの抵抗が駄々っ子に思える程度にはためらいがなかった。 「にゃーん」  抑揚のないそれは鳴き真似というよりはただの効果音に近かった。 「どうよ」  鳴き真似と同様、平坦な表情。それでもその顔がドヤ顔なのがわかってしまうのは付き合いの長さの証明だった。 「おまえ……」 「うん」 「三毛猫の耳似合わないな」  嘘といえば嘘だし、本当と言えば本当だった。  黒髪の新にはどう考えても三毛猫よりも黒猫の方が似合う。  厄介なことに似合う似合わないは全部取っ払ってしまうほどには顔が整っているのがこの男だった。そこに恋人というバフを乗せれば言うまでもないだろう。  だからといって「悪くないかも」と素直な感想を述べればこいつは調子に乗るし、間違いなく不毛なリサイクルの仕組みに取り込まれる。  ギリギリ「厄介なことに巻き込まれたくない」「流されてたまるか」という意地が勝った。その結果だった。  そんな陽の中の勝負結果を知ってか知らずか、新は「そんなことないと思うけどなぁ」と首を傾げる。  その動作がことの外猫っぽくて「こいつが本物の猫だったらさぞ甘やかしただろうなぁ」と自分がなぜか飼い主になっているややずれたことを思っていると、 「隙あり」 「は」  かぽっと新の頭から陽へと猫耳が移動させられた。 「でもやっぱ陽くんのが似合うな。さすがおしゃれ担当」 「……あ、そ」  外さないのは気力がないのが8割だ。  断じて楽しそうな新の目元に「まぁいいか」となっただけではない。  このままではあまりに悔しいので地声のままで「にゃーん」と呟いてやる。ぴたりと一時停止した新がいよいよわかりやすくてけらけらと笑うが、結局どうしたってお互いがお互いの掌の上なのだからまったく救いようがない。