ランナー
 携帯に届いた連絡に駆は「あ」と声を漏らした。 「どったの、駆」  横でアンケートとにらめっこをしていた恋が首を傾げる。気遣いというよりも進んでいないアンケートの息抜きだろう。番組収録が始まるまでの楽屋時間の有効活用!と勇んでいたのはいいが、進みはあまり芳しくないようだ。しかし今答えているのは恋が持っているファッション誌の連載のものなので駆には助け船の出航すらできないものだった。 「うん?そろそろこんな季節だなぁって」 「こんな季節?」 「ほら」  携帯を見せる。そこには先ほど来たばかりの月城からの連絡が映っている。  よく掲載してもらっている女性向けファッション誌の取材である。年末が近いこともあり、SixGravityとProcellarum、2グループあわせての撮影だ。それ自体は時期もあり、珍しくはない。駆が「あ」といったのはその撮影の組み合わせだった。 「始さんと隼さんとの撮影。これがあると年末だなぁって」  SixGravityと Procellarumには担当月という独特な制度が存在している。いわゆる広報担当のような位置付けになるのだが、そこにあわせて撮影の組み合わせを組んでくれる雑誌も最近では多い。一年の振り返り、年末になると顕著になる。各々のユニットのみの場合は季節ごとにくくられることも多いが、2グループ合同となると月ごとでシャッフルされることも多くなる。  そうなると年の瀬という時期も相まって必然的に増えるのが隼、駆、始という年をまたぐような組み合わせだった。 「……なんか駆さんもすっかり慣れたよね」 「なにに?」 「年末の風物詩」 「お、なに?鍋の話か?」 「絶対それ年末だけしか聞いてないじゃん!」 「新さんに葵さん。お疲れ様です」 「お疲れ様」  ひとつ前に同じ局内でバラエティ番組の撮影をしてきたばかりだというのに葵は朝と変わらずさわやかだし、恋に絡む新は朝と変わらず元気だった。タフだなぁと自分のことを棚にあげて駆は二人を眺めた。 「それで何の話してたの?アンケート?」 「ああ、いや恋のアンケートは全然関係なくて」 「なんだ、紛らわしい」 「鍋の話に勝手に持ってたのはそっちでしょ!」 「何を言う。年末といえば鍋、鍋といえば年末」 「お鍋はいつ食べてもおいしいですけどねぇ。あ、せっかくだし、今日の夜ごはん鍋にします?チゲ鍋、豆乳鍋、ちゃんこ鍋……」 「駆が完全にひきずられてる」 「でも寒くなってきたからお鍋でもいいかもね。今日はこの収録終わったら終わりだし、みんなでいけるんじゃないかな」 「やったー!お鍋だお鍋!」 「ふふ、鍋のきっかけは俺なんだから感謝して」 「ありがとうございます!新さん!」 「……食い気味すぎる」  完全に鍋モードに切り替わった駆に新は一歩たじろいだ。 「それでなんの話だったの?年末がどうのって」 「葵さんさすがの軌道修正」 「さすがさすが」 「新がお鍋とか言うからでしょ……」 「いやね、さっき月城さんから今度のプロセラと合同で撮る雑誌のスケジュールがきてて」 「ほら、これです」  駆が差し出した画面を葵と新が覗き込む。しかしそこに映っていたのはスケジュールではなかった。 「……フグ鍋」 「かけるん、それはさすがに財布が泣いちゃうぞ、恋の」 「なんで俺!?奢らないからね!?」 「ま、間違えました!こっちです、こっち」  慌ててフグ鍋の画面をスワイプし、画面を切り替える。ようやくさきほどのスケジュール画面に戻ってきた。 「ほら、次のプロセラとの合同での撮影、俺と始さん、隼さんっていう組み合わせで」 「あー確かにこれは」 「年末の風物詩だね」 「鍋と並ぶな。しゃぶしゃぶ、すき焼き、リーダー二人を侍らせる駆、フグ鍋」 「心なしかラインナップが高級になってるのは俺の気のせい?」 「気のせいじゃないです、葵さん。駆はまたフグ鍋のページ開かないで」 「すき焼きもいいよねぇ」 「鍋の話はあとで!あ、ちなみに俺はしゃぶしゃぶ希望です!」 「俺はすき焼きがいい。この前一緒だった人に美味しいお店教えてもらったんだ」 「しゃぶしゃぶ一票、すき焼き一票、俺はどっちでも美味しくいただきます!ということで0.5票。葵さんは?」 「え?じゃあしゃぶしゃぶかな」 「はい、しゃぶしゃぶ一票入りまーす!」 「残りは始さんと春さんが来てからですね。……は!また鍋の話に!」 「もはや本当に鍋の話してたのかと思ったよ……」 「でももはやこの脱線も含めて慣れだよね」 「恋がここぞとばかりにMC力を発揮するのも慣れってことだ」 「慣れじゃなくて成長といってほしいけど……ほめてくれてるのでいいでしょう!」 「でも確かに慣れたよなぁ、かけるん。俺いまだにちょっとびびるよ。そんなに機会ないけど」  本当にビビっているのか、と恋が新にじとっと疑惑の視線を向ける。なお、怒涛の軌道修正を鍋街道へとハンドルを切った本人が行なったことには突っ込まないことにしたらしい。再び鍋街道へと走り出すことを懸念しての判断だった。 「そりゃ俺だってまだドキドキはしますよ。二人揃うとさすがの迫力というか、美の暴力ってファンの子が時々言ってたりしますけどまさにそれ。ストレートパンチ」  駆とて芸歴10年である。顔立ちの整った人は二人以外にも見てきた。けれどやはり規格外というか、揃われるといくら同じ屋根の下に住んでいても慄いてしまうものがある。むしろ、そうやってオフの姿を知っているからこそという部分もあるかもしれない。  けれど重ねていうが、駆も芸歴10年目なのである。 「でもいつまでもパンチ受けるだけになってちゃ、というか、当たり前ですが、俺を一番と思ってるファンのみんなに申し訳ないですからね!」 「……」 「なにこの沈黙」 「かけるんの10年の成長をいま身一杯に浴びてる」 「うん、これは慣れって言ったらダメだね」  しみじみと、弟の成長を眩く思うような視線を浴びて駆はわたわたと手を振る。嬉しいが気恥ずかしい。 「駆」  そんな中なぜか相棒が重々しく名前を呼んだ。 「え、なに」 「さっきの話」 「うん」 「アンケートに書いていい?」 「へ?」 「さっきのアンケートで最近感動したことって言うのがあって、なんかどうしてもぴんとこなくて、でもこれじゃん!これしかないじゃん!」 「唸ってた原因はそれかぁ」  そういえば別の雑誌で似たような質問があった。それもまた恋の筆を止めていた原因だろう。年末年始で取材が重なっていることもあり、話す内容の捻出の苦労は駆も身に染みている。 「いいよ。特別に許可しましょう」 「駆様ー!さすがリーダーズを侍らせて10年!あとでしゃぶしゃぶの肉ちょっと多めにあげる!」 「こういうところは10年変わってないな」 「あはは、ずっと元気にもぐもぐしてるのはいいことだよ。見てると元気出るし」  恋があわててアンケートに戻る。その姿に「あ、そういえば勝手にしゃぶしゃぶにしたな」と文句をつける新もそれを苦笑いする葵も変わっていない。  けれどそういう部分があるからこそ成長して、変化した部分が浮き上がる。  このことに気づいたことが一番駆がこの10年で得たことかもしれない。変わることも変わらないこともどちらも悪いことではないのだから。