回答エラー
「陽くん的に恋と友情の境目ってなんだと思う?」 「なんだよ、その思春期みたいな質問」  なんなら思春期どころか漫画でしか見ないような質問だった。  勝手知ったる陽の部屋、といわんばかりにごろごろとする新(最初は叩き出そうとしたが、途中でそちらの方が労力がかかることに気づいて諦めた)の手には雑誌がある。  表紙を飾っているのはほかでもない陽である。昔は知り合いに自分の前でそういった雑誌を見られることにいささかむず痒さがあったもの、いまや一つ一つに照れている時間がもったいない。それに同業者の目というのは貴重なものだ。  あまりに突拍子のない質問のきっかけはその雑誌なのだろうと思ったが、そういう思いつきを抱くような内容はなかったはずだ。自身の出た雑誌は関係のないページも必ず目を通すようにしているので中身は把握している。もちろん陽が忘れているだけである可能性も新が全く関係のない内容から跳躍した質問を繰り出した可能性もあるが。  しかしまぁ雑誌ではないとすればと考えを巡らせていると少し前の撮影で小耳に挟んだことを思い出す。  すなわち次に新が出るらしいドラマのことである。  どういう内容、とまでは聞いていないし、そもそもまだ企画段階だ。ただ、次の次のクールのドラマに放映される少女漫画が原作のドラマの主演に新が選ばれたというのは確定らしい。陽が馴染みのスタッフが口をすべらせたことで知ったそれを本人が知らないわけはない。  原作が少女漫画、というのなら恋と友情の境目なんてテーマはいかにもありそうである。原作に関係はなくともインタビューでそういったことを聞かれることもあるだろう。  なるほど、そういうことか。  陽は勝手に納得する。それならば割と真面目に返したほうがいいのだろうか。敵とまではいかずとも張り合う相手に塩を送るようで癪ではあるが、いいものを作りたいということに惜しむべきではない。 「恋と友情ねぇ」  しかし改めて考えるとなかなか難しい。アイドルとしてどう答えるべきなのかならなおさらだ。 「シンプルに考えるならキスしたいなと思うかとかそれ以上のことしたいなと思うかとか」 「おぉ、本当にシンプル」 「結局そこじゃね?とは思うけどな」 「要するに相手に触れたいなと思うかどうかってわけだ」  ある種本能的な回答だが、まぁアイドルとしてはぎりぎりOKなラインだろう。新は「へぇ」といいつつ、飲み込むように何度か頷いている。 「他には?」 「ほかぁ?」  まさかのリクエストに陽はさすがに眉をよせる。インタビューの回答としてなら悪くはないだろうと思ったのだが、もっとプラトニックよりな少女漫画なのだろうか。新の手にあった雑誌はいつの間にか閉じられていた。 「……例えばきれいなものを見たとしてさ」 「うん」 「それを見せたいなと思って一番最初に浮かぶ相手とか」 「……おお」 「その反応やめろ!」  さすがにロマンチックすぎて気恥ずかしいレベルの回答だった自覚はあるので新の反応に猫が威嚇するような反論を返す。  とはいえ、陽自身がそう思っているのも事実だ。誰に対しても共有をすることが簡単になっている時代だからこそわざわざ「見せたいな」と思う、そのことに価値があるのだと思う。昔の人も月が綺麗と愛してるを結びつけたわけなのだし。 「で、参考になったかよ」  気恥ずかしさを打ち消すべくそう聞けば新は妙に神妙な顔で「うん、うん」と頷いた。  ……なんだかその顔に嫌なものを覚える。  もし新がインタビューやもしくは芝居に今の陽の意見を参考にするとして、もちろんその結果いいものになったとして、陽自身はそれを気持ちよく見れるのだろうか。なんだか見れないような気がしたのだ。  その予感がどこからくるものなのか。あまり探らない方がいい気がして無理やり飲み下す。 「陽」  神妙な顔つきのまま、新が陽を見た。まっすぐに。 「好きだ」 「……はい?」  言葉はとんでもない方向から飛んできた。思わず思考が止まる。ついでに部屋の空気すらも止まったような気すらした。 「や、なんか煮詰まりすぎて恋なのかそれとも友達としての好きなのかよくわかんないからいっそ陽くんに聞いちゃえと思って」 「は?」 「そしたら陽の答えが俺と似たようなものだったし、やっぱりそうだし、そういうところが好きだなって」 「待て待て待て!タンマ!」 「うん、俺のいいたいことはほぼ言ったから待つ」 「自分だけすっきりすんなよ!」  つまり、つまりどういうことだ。 「ドラマの参考にするんじゃねぇの!?」 「ドラマ?え、陽くんなんで知ってるの」 「スタッフさんがぽろっと言った」 「ああ、そういえばメイクさん同じだったっけ。ドラマは出るけどもっと胸キュンどっこいしょなジャンル」 「ねぇよ、そんなジャンル」  つまりドラマに関しては陽の完全なる独り相撲だったわけだ。勘違いどころか、コントのような顛末である。  それと同時にさきほどの予感が再び胸をかすめる。新の回答を見たくないと思った、その心は。 「陽」  気がついてしまった以上、もう無視はできない気がした。  そういえばSixGravityのライブにいったとき、この客席側の景色を新に見せてやりたいなと思ったことを陽は今更ながらとどめのように思い出した。