赤ずきんは狼の腹から助け出されてからというものどうにも調子がおかしかった。
母親は「あんな怖い目にあったのだもの」と彼女を慰めたが、的はずれな慰めだ。
怖いとかそういう後ろ向きな感情ではない。
これはむしろ夕食にシチューが出てきたとか、帰ったらおばあさまが家にいたとか、そういう経験をした時の感情に近い。
……もし彼女がもう少し人生経験(もちろん狼の腹から生還するというのも十分な人生経験だが)を重ねていれば、あるいは逆にもう少し幼ければ彼女の行く末はまた違っていただろう。
「なるほどなぁ」
赤ずきんが相談をした相手は自身を助けてくれた猟師だった。このことを母に言うわけにも、ましてや祖母にいうわけにもいかず、だからといって自身で判別のつかない感情を抱えて置き続けることもできず、うんうんと唸っていたときにひらめいた相手だった。
薄いお茶を出してくた猟師は上から下まで赤ずきんを眺め、もう一度「なるほどなぁ」とつぶやく。
「お嬢ちゃん」
「はい」
「俺の弟子にならないか?」
「……はい?」
後に狼殺しといわれることになる猟師の誕生であった。